プロジェクト
の話

「土山一晩ほうじ」は、滋賀県茶業会議所が旗振り役となり、滋賀県甲賀市土山町の茶農家、茶匠、行政が一体となって茶産地として取り組むプロジェクトです。きっかけは、茶産地、近江が直面している大きな課題でした。

急須でほうじ茶を沸かす写真

家の中から、
急須が消えた。

日本茶の発祥の地、滋賀・近江。土山エリアは近江の茶の一大産地として、高品質な茶葉を生産し続けてきました。しかし1980年代から缶入りのお茶やペットボトル入りのお茶が普及すると、急須でお茶を淹れる習慣は薄れ、特に若い世代では急須をもたない人も多く見かけるようになりました。急須で淹れるための茶葉の需要は減り、ましてや品質の高い茶葉を求める人は少なくなったのです。

そしてもうひとつ、土山が長年抱える課題もありました。土山は寒暖差が大きく、茶葉がゆっくりと育つため、味わい深い茶葉ができます。その反面、新茶の摘み取り時期がほかの茶産地に比べて遅いので、どうしても市場価格が低くなってしまいます。近年、価格は最盛期の7割程度と低迷を続け、利益が見込めない茶葉の生産をあきらめる農家も出てきました。かつて300戸近くあった滋賀の茶農家は、現在100戸程度にまで減少しているのが現状です。

滋賀県茶業会議所の発意

こうした状況に、私たち一般社団法人滋賀県茶業会議所は強い危機感を抱いていました。平成7年の発足以来、近江の茶の発展と向上を目指しさまざまな取り組みを行ってきましたが、近年では、近江の茶を世界へ向けて打ち出すため、有機農業のなかでもむずかしいとされる有機栽培茶の生産や姉妹都市のあるアメリカ・ミシガン州への輸出などにも尽力。そうした取り組みのなかで、近江の茶の主産地である土山の活性化がますます必要だと感じるようになっていきました。

また滋賀県茶業会議所を34年余りリードしてきた岩永峯一会頭にとって茶産地近江の認知拡大は悲願だったと言います。「甲賀市で生まれ育ち、小さなころから茶畑や茶工場は身近な存在で、お茶への思い入れは誰よりも強い」。農林水産大臣を務めた経験もある岩永会頭にとって、近江の茶は最も身近な農産品であり、他人事ではありませんでした。

岩永 峯一氏の写真

産地、行政、
クリエイター
三位一体のプロジェクト

もっと土山の茶文化を広め、後世に受け継いでいきたいーー。そうした思いから、平成30年、滋賀県茶業会議所に属する土山の茶農家と茶匠を中心に、土山ならではのお茶を開発するプロジェクトが始動。それに賛同した甲賀市のバックアップのもと、産地が一体となった取り組みへと発展しました。

さらに、プロジェクトをサポートするクリエイターとして、エイトブランディングデザインが参画。土山茶の新たな魅力を引き出し、その可能性を広げるためには、外側からの視点が重要だと考えたからです。また、代表の西澤明洋さんは同じ滋賀県出身。きっとプロジェクトメンバーと同じ熱量で伴走してくれる、と期待してのことでした。

茶畑と茶農家・茶匠の方々の写真

広い世代に愛される
ほうじ茶に着目

まず、私たちは製法に着目しました。煎茶、玉露、玉緑茶、和紅茶……。茶葉は製法の違いで、多種多様なお茶になります。なかでも注目したのが、茶葉を焙煎してつくるほうじ茶です。

ほうじ茶と聞いて、ぱっと思い浮かぶ産地は、全国的にみてもまだまだ多くない一方で、香ばしく、やさしい味わいのほうじ茶は、近年、カフェのメニューに導入されたり、フレーバーを用いた飲料や菓子なども数多く出されたりと、若い世代を中心に愛されるお茶です。また、アメリカやヨーロッパ、中国でもその人気は高まりつつありました。ほうじ茶にキラリと光る可能性を見いだしたのです。

温かい淹れたてのほうじ茶の写真

微発酵で添える、
華やかな香り

しかし、土山の新たなお茶ブランドとして打ち出していくためには、さらに強い個性が必要だと考えました。かぶせや浅蒸しといった土山で盛んに生産されるお茶をはじめいくつもの試作をつくっては試飲を繰り返しました。そうしてたどり着いたのが「萎凋(いちょう)」です。萎凋は茶葉を寝かせることでしおれさせ、茶葉自らがもつ酵素で微発酵を促すという工程で、花や果物のような、はなやかな香りが生まれます。ほうじ茶の香ばしさとやさしい飲み口に、この香りを添えることで、これまでにないお茶が生まれるのではないだろうか。そんな期待がふくらんでいきました。

萎凋(いちょう)を行っている様子

王道を進まない
という選択

焙煎と萎凋という選択はいずれも、大きな挑戦でした。なぜなら、土山の歴史において、お茶づくりといえば緑茶が王道とされてきたからです。ましてや、長く茶農家を続けてきた人たちにとって、ほうじ茶は二番茶や秋冬番茶を用いた普段使いのお茶というイメージが強い。また、さわやかな香りや甘み、旨味、苦味を追求する緑茶づくりにおいて、独特の香りがつく萎凋は大敵。当然、反対意見も多く、その議論にいちばん時間を費やしたかもしれません。

しかし、収穫時期が他産地に比べて遅く不利な条件で市場価値を高めようと研究し新たな製品の開発に取り組んできたのが土山の茶農家、茶匠です。萎凋と焙煎という二つの工程は、手間ひまがかかりますが、自分たちの個性を表現するには最適。土山のつくり手の個性を伝えることで、土山茶の魅力を伝えていきたい。そんなふうに、思いを新たにしました。

たどり着いた
土山一晩ほうじの規格

こうして「土山一晩ほうじ」ができ上がりました。「土山」は、土山町茶業協会員である茶農家や茶匠が、栽培を始め、焙煎や萎凋などを手掛けた茶葉を使用すること、「一晩」は茶葉を12時間以上寝かせることに由来します。旨味の強い土山の茶葉にひと手間、ふた手間かけてできる「土山一晩ほうじ」は、世界のどこを探しても見つけられない、新しいお茶です。

色とりどりのほうじ茶の葉っぱの写真

土山一晩ほうじの規格

土山一晩ほうじとは
下記の規格を満たしたお茶です

  • 土山町茶業協会員が
    栽培・荒茶加工した
    茶葉を使用
    ※製造=粗茶加工

  • 12時間以上
    萎凋させた
    香り高い茶葉を使用

  • 滋賀県
    茶商業協同組合員
    または土山の生産者が
    焙煎したほうじ茶

4年の歳月を経て、ようやくでき上がった「土山一晩ほうじ」。土山のつくり手の個性を、ゆっくりと、じっくりと味わっていただき、数年後、十数年後に、ほうじ茶といえば「土山一晩ほうじ」と思い浮かべていただけるようになれば、うれしいなと思います。まずはぜひ一度、飲んでみてください。

この香り、みんなへ届け

プロジェクト賛同者

  • 甲賀市長岩永 裕貴

    土山茶は甲賀市の誇りであり、次の時代に引き継いでいくべき大切な財産です。誰かと話すとき、本を読むとき、ものづくりをするとき、お茶がそばにあるだけで、ゆっくり、じっくり向き合うことができます。甲賀市で生まれ育った私は、そんな時間をもつことの大切さを自然とお茶から教わりました。土山一晩ほうじという新たな産地ブランドが、土山茶の次世代の担い手の育成につながると同時に、お茶がもたらす豊かさをたくさんの人に伝えてくれることを願っています。私は昔からほうじ茶で炊いた茶粥が好物。ぜひ土山一晩ほうじと近江米で茶粥をつくりたいですね。

    岩永 裕貴 氏の写真
  • エイトブランディンデザイン代表 西澤 明洋

    2017年に滋賀県茶業会議所の岩永峯一会頭より「近江の茶のブランディングを手伝って欲しい」とお声がけいただきました。東京でブランディングを専門とするデザイン会社を創業し、これまでに全国のさまざまなブランド開発のお手伝いをしてきましたが、実は故郷の滋賀県の仕事ははじめてになります。岩永会頭筆頭に、若い茶農家や茶匠のみなさんと一緒に4年がかりで作ってきた土山一晩ほうじ。僕は、毎日飲みたいとても美味しいお茶が作れたと思っています。みなさん、ぜひ味見してみてください。

    西澤 明洋氏の写真